実務家のための政策情報
モノとサービス、金融そして人の自由な流通を基礎とするEUとその主要加盟国フランスですが、それぞれの事業分野においては、市場の機能とルールを規制するために、様々な法律や規制が存在します。まず、欧州レベルでは、EU法、規則、指令などが定められており、国内法との調整が図られています。
欧州でビジネスする上で、EU及び各国政府の政策がどのような構造のもとに置かれているのか、十分に理解していることが欠かせません。「実務家のための政策情報」では、主要な事業分野における欧州産業政策及びフランスの産業政策を解説していきます。
欧州連合の脱炭素政策
欧州の環境政策の起点は、1987年の単一欧州議定書である。この条約により、広義の環境課題、すなわち、自然環境の保護、市民の健康の確保、適切な資源活用が、欧州の役割として初めて明記された。次に、1993年のマーストリヒト条約では、環境行政が欧州連合の公式な責任分野として位置付けられ、同分野へ特定多数決の原則を導入するなど、実効性ある事業実施への道が拓かれた。さらに、1999年のアムステルダム条約では、持続可能な経済成長のために、あらゆる行政分野において、環境保護の視点を取り入れることが義務付けられる。また、2009年に発効したリスボン条約では、いわゆる「気候変動対策」が欧州連合の政策目標として明確に位置付けられた。これを踏まえて、2019年には、欧州委員会が「欧州グリーン協定」を提案し、翌2020年に採択、これに基づき、2021年には気候に関する欧州基本法を制定した。欧州グリーン協定及び気候に関する欧州基本法については後述する。
「欧州連合の運営に関する条約」第11条、191条及び193条の規定に基づき、欧州連合は、大気汚染、水質汚濁、廃棄物管理、気候変動など、環境政策のあらゆる分野に介入する権限を有する。しかし、環境政策でも、税制、都市計画、土地利用、水資源の管理、エネルギー源の選択、エネルギー供給構造などに関連する分野では、加盟各国の元首などから構成される欧州理事会における全会一致の要件が適用されることから、欧州連合の環境政策をめぐる権限に一定の制限がかかっている。また、上に見た通り、環境政策は、欧州連合が加盟国政府と共有する権限であり、補完性原理に基づき、もう一つの政策主体としての加盟国政府との関係において、その政策は制限的なものとなる。
欧州環境政策の基本原則
欧州連合の環境政策の原則は、次の三点からなる。すなわち、
- 慎重と予防の原則(Principle of precaution and prevention)
- 汚染源の解消原則(Correction of pollution at source)
- 汚染者負担の原則(polluter pays)
まず、慎重と予防の原則は、ある行動や政策が人の健康や環境に及ぼすと推定されるリスクにいて、科学的な不確実性がある場合には、慎重に予防的措置を取り、当該製品やサービスを市場から撤去することが求められる。
汚染源の解消原則は、対症療法的な弥縫策を取るのではなく、汚染源の問題そのものを解決するための政策を実行することが求められる。
汚染者負担の原則は、環境に負荷を与え、汚染をもたらした事業者が、その責任において原状回復を行い、汚染を除去する責任を負わせることが求められる。
これらの基本原則は、各国の環境政策も規定することになる。
欧州グリーン協定の発効
欧州連合は、2009年のリスボン条約で、気候対策が欧州連合の政策目標と位置づけている。また、2015年に署名されたパリ協定(国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21))による合意(2016年発効)で、2050年までに気温の上昇を2度以下に抑制する目標が定められたことを踏まえ、2019年には「欧州グリーン協定」を発表、2020年に採択された。同協定では、2050年までに欧州を気候ニュートラルな大陸にするという目標を設定。この実現のために、域内における温室ガス排出量を2030年までに1990年比で55%削減することを政策目標と定めた。
欧州グリーン協定では、上記の数値目標を実現するため、欧州の社会・経済を持続可能な将来に向けて、変革を図っていく必要が示されている。公正、効率的、近代的な豊かな社会の創造を謳い、欧州市民の健康と安寧を守り、自然保護を進め、インクルーシブな社会の実現を図っていく一方で、経済成長と化石燃料の利用の相関性から解放された社会・経済システムを構築しなければならないことが掲げられている。
この目標を実現するために、欧州連合は、様々な分野でEU法制の整備に努め、もって加盟国の政策目標の設定、政策の実施を促していく。前述のとおり、2021年6月30日には、欧州規則「気候ニュートラル実現のために必要な枠組み制定のための規則」RÈGLEMENT (UE) 2021/1119[2]を制定。通称「気候に関する欧州基本法」である。ここに定められた、気候ニュートラルの目標値、政策方針、計画作成、執行管理などの政策枠組みは、直接、加盟国を拘束する法的効果を持つことになる。
図1 欧州グリーン協定 概念図

出典)欧州グリーン協定 英語版(2019年12月11日提出), P.3 [3]
欧州グリーン協定の構成は次の通り。
主目標
欧州経済を持続可能な将来に向けて変革する。
- 2030年までに、域内温室ガス排出量を1990年比で55%削減
- 2050年までに、欧州で気候ニュートラルを達成
実施目標
- クリーンで廉価、安全なエネルギーを供給(エネルギー政策)
- クリーンで循環的経済に向けた産業を推進(産業政策)
- エネルギー・資源の効率性に配慮した建築と改修の推進(建築行政)
- 「畑からフォークまで」公正で健康的、環境配慮の食システム実現(農業食品行政)
- 持続可能なスマートモビリティへの移行を促進(交通政策)
- エコシステムや生物多様性を守り、回復(自然保護対策)
- 汚染フリーの環境を目指し、ゼロ公害を達成(公害対策)
まず、主目標では、欧州連合加盟各国に対し、エネルギー政策及び気候対策に関する基本計画について、目標を上方修正した上で、新たに作成することを義務付けている。その上で、欧州委員会が、各国の実施状況を監視していくことが謳われている。
以下、7つの実施目標ごとの政策分野について、欧州連合の政策方針についてまとめる。
- エネルギー政策
エネルギー政策としては、再生可能エネルギーの重要性、とりわけ、海上風力発電の果たす役割が強調されている。再生可能エネルギーを全体のエネルギーシステムに効率的に組み入れていくことの重要性について指摘し、欧州委員会が、2020年代の半ばまでに、この課題に関する対応策を提案することとしている。また、ガスエネルギーの使用におけるメタンガス発生への対応を進めることで、ガス市場の脱炭素化を推進する重要性についても言及している。そのほか、スマートグリッド、水素エネルギー活用、炭素回収貯蔵技術など、新技術の開発の重要性にも触れている。
- 産業政策
脱炭素に向けて、産業システムの大幅な変革を喫緊に進める必要があると主張。産業システムの変革には最低でも25年程度の長期間が必要であり、現状は、鉱物資源の採掘など、再生可能ではない資源に依拠する部分が多く、リサイクルによる資源利用は全体の12%程度に過ぎない。欧州委員会は、2020年に、産業政策のアクションプランを取りまとめ、新しい循環型経済の構築を目指している。循環型経済の対象は、あらゆる産業であるが、金属、化学、セメント、テキスタイル、建設、電気・電子、プラスチックなど、大量エネルギー消費型産業の脱炭素化を産業界とともに進める必要がある。パッケージ関連の規制を強めるとともに、生分解性プラスチックに関する法制の整備も進めていく。また、シェア消費、また修繕可能な製品の推進も必要である。欧州委員会は、電気自動車向けなど、安全で、循環的、持続可能なバッテリーサプライチェーンを構築するために、European Battery Allianceのサポートを目的とした戦略的アクションプランを実行に移している。また、AI、5G、クラウド・エッジ・コンピューティング、インターネット・オブ・シングスなど、デジタル技術も、脱炭素化において、多くの産業分野に関し、重要な役割を果たすものと認識している。
- 建築行政
建築物で消費されるエネルギーは、全体の40%に達するといわれており、エネルギー効率性を高め、エネルギーコストを低減させるためにも、公共あるいは企業及び個人の建物のリノベーションを推進することが重要。現在、建築物のリノベーション割合は、年率で、0.4%~1.2%と言われており、今後、このペースを倍増させる必要がある。欧州委員会は、建物のエネルギー効率に関する法制を整備し、また、建築行政に関する規制も、循環型経済のニーズに適合したものとなるよう進めていく。
- 農業/食品行政
「畑からフォークまで」戦略では、欧州の農業・漁業従事者を巻き込み、気候変動、環境保護、生物多様性の課題に対応する必要がある。農業行政部門では、欧州予算の約1/3を占める欧州共通農業政策関連予算は、2022年で約583億€に達するが、この約40%を気候関連の活動に活用し、漁業関係の予算の少なくとも30%についても同様に気候関連の活動に使用するものとする。農業、食品部門でも循環型経済を実現し、輸送、貯蔵、パッケージ、フードロスに関する課題に取り組む必要がある。また、これらの行動を通じ、すべての欧州市民が、安全で廉価な食品にアクセスできるよう取り計らう必要がある。これを実現するために、消費者へカーボンフットプリント、原産地、栄養など、必要な情報を適切に消費者へ伝えるデジタルを利用した手段などを欧州として検討しなければならない。また、脱炭素政策として、バイオマス活用にも言及している。
- 交通政策
交通関係で排出される温室効果ガスは、欧州で全体の25%を占めている。気候ニュートラルを達成するためには、交通関係の排出量を90%削減する必要がある。従って、道路交通、鉄道、航空、水上交通のすべてが、削減に向けての貢献が求められる。現在の移動手段のあり方のオールタナティブとなる、廉価でアクセスしやすく、健康的でクリーンな移動手段の体系を市民に提案しなければならない。欧州連合は、持続可能なスマートモビリティに関する戦略を2020年に提案する。
現在、陸上運送の75%は、道路交通によって担われているが、この多くが鉄道や、運河、内海運送などの運輸手段に置き換えるなど、マルチモダリティによる運送体制を構築する必要がある。この体制構築に向けて、デジタル技術を活用し、自動化、コネクティビティを備えた、スマートなトラフィックマネージメント、サービスとしてのモビリティの推進が必要となる。
さらに、道路交通に関する価格コストに関する対策も必要であり、航空及び海運分野における燃料税の免除措置に対する見直しを検討しなければならない。また、排出量取引の制度的枠組みについて、海運分野に対象を拡大するとともに、航空分野における軽減措置の見直しの検討も必要である。また、道路行政においても、環境負荷を与える車両がそのコストを負担する仕組みの導入が必要である。
- 自然保護対策
欧州共通農業政策のもとに、各国が策定する戦略計画においては、二酸化炭素を吸収する森林の保護、拡大、また、森林の持続可能性を確保することのインセンティブを高める対策を盛り込む必要がある。欧州委員会は、森林破壊につながる製品の輸入についての規制も進めていく。また、気候変動対策における海洋分野の重要性の認識は高まっており、海洋区域の持続可能なマネージメント、オフショアの再生可能エネルギーの推進なども含めた対応策を取っていく。
- 公害対策
グリーンディールでは「公害ゼロ」の実現を掲げ、空気、水、土壌、消費者向け製品における公害を回避するための取り組みを強化する。欧州委員会は、2021年には、空気、水、土壌のゼロ公害アクションプランを設定する。また、マイクロプラスチック、化学物質などの水汚染対策を進めるほか、さらに、大気汚染の解消に向けたモニタリング、大気の質の管理の強化などで加盟国をサポートし、基準の強化を進める。また、大規模産業施設からの公害対策を行う。また、欧州委員会は、持続可能な化学物質戦略を策定する。
第8次環境行動計画2030(The 8th Environment Action Program)
以上の欧州グリーン協定を踏まえ、2022年には、第8次環境行動計画が正式に導入された。この行動計画は、2050年までのEUの長期ビジョンを示すと同時に、2030年を目標年次とした優先目標、また、この達成に必要な条件を確認している。欧州グリーン協定に基づいたこの行動計画は、人間の幸福と繁栄が健全な生態系に依存していることを確認した上で、気候ニュートラルで資源効率の高い経済への移行を加速させることを目指している。
第8次環境行動計画では、欧州連合の気候・環境に関する法律が効果的に実施されるよう、あらゆる統治レベルにおいてすべての利害関係者が積極的に関与することを求めている。これは、国連の2030アジェンダとその持続可能な開発目標を達成するための欧州連合としての基本的政策方針を示すものとなっている。
第8次環境行動計画2030の目標
- 2030年までに1991年比で温室効果ガスの排出量を55%削減する。
- 2050年までに、気候ニュートラリティを実現する。
- 経済成長と資源、環境悪化との相関を解消、循環型経済への移行を進める。
- 公害ゼロを追求する。
- 生物多様性を保護、保全、回復し、自然の「資本」を強化する。
- 生産と消費に関連する環境と気候への圧力を軽減する。
第8次環境行動計画の目標の実現に向けた主な手段
- 既存の法制の厳格な運用。
- 加盟国の原材料、消費によるカーボンフットプリントの大幅削減。
- 環境面での公正性の達成。
持続可能性を担保する資金調達及び資金投入。
経済、税務上のインセンティブの導入。
化石燃料へのあらゆる補助の漸次的解消。
GDPを超えた社会経済進歩の指標についての検討。
デジタル化の推進。
最新の科学的知見の反映。
第8次環境行動計画の目標の実現に向けたモニタリング手法
欧州環境機関[1]などが持続可能な成長目標の年次報告書を作成。
欧州連合及び加盟国の気候変動レジリエンス評価の実施。
移行パフォーマンスインデックス(TPI) に基づき、45カ国評価の実施。
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